柿本ケンサク「いつでもいま – ガラスに映す光」──完璧に写る時代に、なぜ世界を曖昧に写すのか

Event Date:2026.09.23-10.04
Sep 29, 2026
写真は、目の前にあるものを写すためのメディアです。カメラの技術は進化を続け、より高精細に、より正確に、より歪みなく世界を記録できるようになりました。では、何もかもを完璧に写せるようになった先で、写真家は何を写すのでしょうか。

photo by ©FASHION HEADLINE
「いつでもいま – ガラスに映す光」柿本ケンサクの写真展が、東京・代官山のヒルサイドテラス・ヒルサイドフォーラムで開催されています。映画やドラマ、広告映像を手がける一方、写真・現代美術作品を発表してきた柿本氏にとって、この場所での展示は2016年の「TRANSLATOR」、2021年の「TRANSFORMATION」に続く3度目。今回は、ガラス作家・三嶋りつ惠氏が制作した10点の透明なガラスを通して、新作「Hikari」シリーズを生み出しました。

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しかし、ここでガラスは単に撮影される「被写体」ではありません。柿本氏はガラスをカメラの前にかざし、数ミリ動かし、角度を変え、その向こうを通過する光と風景を撮影しています。写真が光を固定するものだとすれば、ガラスは光を屈折させ、揺らし、溶かしていく。その二つの性質が重なったところから、今回の写真は生まれています。



2000年前の氷に、一瞬の記憶を閉じ込める

この作品の始まりは、ガラスではなく「氷」でした。柿本氏が思い出すのは、アイスランドで目にした氷河です。長い時間を経た巨大な氷河が崩れ、川を流れ、海岸へと打ち上げられる。

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その氷は、およそ2000年前のものだったといいます。その氷を口にしたとき、「2000年前のものが自分の身体に入ってくる」という不思議な感覚があった。そこから生まれたのが、写真という一瞬を氷の中に閉じ込め、そのまま長い時間残すことができないか、という発想でした。

「その一瞬の誰かの記憶みたいなのが残っていくものができないかなと思った」

もちろん、氷の中に写真を永久に保存することは現実的ではありません。そこで、氷に近い透明な存在として浮かび上がったのがガラスでした。三嶋氏と出会い、最初に考えたのは、写真そのものをガラスの内部へ閉じ込めること。しかし、それでは既視感のあるクリスタルフレームのようになってしまう。二人はそのアイデアをいったん手放します。そこで、発想を反転させました。

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写真をガラスの中に入れるのではなく、ガラスを通して写真を撮る。記憶を保存する「容器」だったガラスが、光を変化させる「レンズ」になったのです。



ガラスを通して、光で絵を描く

三嶋氏は1962年京都生まれ。1989年からヴェネツィアに移住し、ムラーノ島のガラス職人との協働によって、透明度や粘度を生かした無色のガラス作品を制作してきました。周囲の空気や光を取り込みながら、その場所に存在する光の輪郭を浮かび上がらせることが、その作品の特徴でもあります。 

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今回、柿本氏のためにつくられたガラスは10点。それぞれ形も厚みも異なり、光の屈折の仕方も違います。カメラのレンズの前にガラスを置く。少しずらす。傾ける。すると、同じ場所を見ていても像はまったく違うものへ変わっていきます。

「ちょっとずらせば変わるし、傾ければ変わる。結構、絵を描いているみたいだなって」

柿本氏はその撮影をそう振り返ります。そこには撮影者によるコントロールがあります。しかし同時に、光は刻々と変化します。雲が動けば明るさも変わり、身体がわずかに揺れればガラスとレンズの関係も変わる。

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完全な偶然ではない。しかし、完全に支配することもできない。写真家はその間に立ち、ガラスを筆のように動かしながら、光によって像を描いていきます。



人間の記憶は、高精細ではない

そこで生まれた写真には、一般的に写真の「欠点」とされるようなものが現れます。輪郭はぼやけ、光はにじみ、風景は歪み、ときには何を写しているのかすぐには判別できません。しかし柿本氏にとって、その曖昧さこそが重要でした。

「見たものを写真は誠実に精密に再現するメディアだと思うんですけど、本来、記憶になると結構溶けていくじゃないですか。はっきり残らないというか」

人間は、世界をカメラのようには記憶していません。ある場所を思い出すとき、すべての輪郭や色、光の位置まで正確に再現できるわけではない。それでも、ある日の光や空気、誰かと過ごした時間だけが、不思議なほど鮮明な感覚として残っていることがあります。

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三嶋氏のガラスによって屈折した写真は、現実を不正確にしているのではなく、むしろ人間が記憶する世界のあり方へ近づいているのかもしれません。 



完璧な技術に、人間が入り込む余白を残す

この考え方は、柿本氏の写真表現だけにとどまりません。映像作家、撮影監督としてカメラの開発にも関わる柿本氏は、現在の映像技術について興味深いことを話してくれました。

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カメラは、より高精細に、よりノイズを少なく、より正確に世界を記録する方向へと進化しています。しかし表現者は、その完璧に近づいた映像にフィルターを加えたり、シャッタースピードを変えたりすることで、あえて像を崩し、そこに個性を生み出そうとする。

「技術として目指していく進化と、表現が目指していくものは、やっぱりどこかで反比例していく」

そして柿本氏は、技術者たちにこう伝えているといいます。

「80%でいいです。残りは人間が埋めるから」

100%まで技術が完成させるのではなく、最後の20%に人間が介在できる余地を残す。それは、三嶋氏のガラスをカメラの前に置く今回の制作とも重なります。極めて精密なレンズの前に、職人の手によって一つひとつ形づくられた、均質ではないガラスを置く。技術によって排除されてきた歪みや揺らぎを、表現のためにもう一度呼び戻しているのです。



「いつでもいま」──写真は、記憶の中でもう一度生まれる

高精細な画像も、AIによって生成された精緻なイメージも、私たちの日常に急速に入り込んでいます。そんな時代に柿本氏が選んだのは、ガラスを数ミリ動かし、光の変化を待ち、自分の身体を動かしながら、偶然に現れる像を探すという極めて身体的な方法でした。柿本氏自身、この制作について「今の時代でいうと、AIじゃこれ無理だったみたいな、すごくアナログ的な感じ」と語ります。

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写真は一瞬の光を固定します。しかし、その一枚を見る私たちの記憶まで固定されるわけではありません。目の前にあった風景は時間とともに輪郭を失い、別の記憶と重なり、ときには実際に見たものとは違う像へと変化していく。それでも、何かをきっかけに、過去の光景が突然「いま」の感覚として立ち上がることがあります。

2000年前の氷に一瞬を閉じ込めたいという思いから始まり、ガラスへ。そして、写真を閉じ込めるのではなく、ガラスを通過した光そのものを写真へ。柿本氏がたどり着いたのは、記憶を永久に保存する方法ではなく、記憶のように揺らぎ続ける写真だったのかもしれません。

完璧に写すことができる時代だからこそ、写しきれないものに目を向ける。

「いつでもいま」というタイトルは、過去の一瞬を固定するはずの写真を、見る人の記憶を通して、そのたびに新しい「いま」へと開いていきます。




INFORMATION
『いつでもいま – ガラスに映す光』柿本ケンサク写真展

会期:2026年9月23日(水・祝)〜10月4日(日)
時間:12:00〜19:00 ※最終日は11:00〜17:00
会場:代官山ヒルサイドテラス・ヒルサイドフォーラム
住所:東京都渋谷区猿楽町18-8 ヒルサイドテラスF棟 1F
入場料:無料
主催:一般社団法人オンザヒル
協賛:LUMIX
展示販売作品:写真作品、写真集


【イベント情報】
10月3日(土)16:00〜17:30には、柿本ケンサク氏と三嶋りつ惠氏が、それぞれの表現における「光」と「時間」について語るトークイベントも開催されます。

開催日時:2026年10月3日(土)  16:00ー17:30
会場:代官山ヒルサイドテラス・ヒルサイドフォーラム
出演:柿本ケンサク(写真家・映像作家)、 三嶋りつ惠(アーティスト)、朝倉美佳(gallery ON THE HILL)
参加費:1,000円 ワンドリンク付
定員:60名
Ticket:https://galleryonthehill20261003.peatix.com






The Editorial Team
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