【INTERVIEW】常に視点を変えるホワイトマウンテニアリング。ピッティを通過した相澤陽介の”今”

2013.02.18

今年1月にイタリアフィレンツェで開催された世界最大のメンズプレタポルテ見市「ピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Immagine Uomo、以下ピッティ)」に、東京発のメンズブランドホワイトマウンテニアリングWhite Mountaineering)」が初参加した。

2006年のブランド設立以来、ライフスタイルのフィールドを「アウトドア」と捉えたメンズウェアの提案を続けるホワイトマウンテニアリング。今日本で最も勢いのあるブランドが、世界の舞台で見たものとは何だったのか。ピッティでのスペシャルイベントを終え、約一ヶ月が経った今、デザイナーである相澤陽介氏に話を聞いた。


――ピッティへの参加はブランドにとって新しい挑戦だったと思うが?

もの作りや考え方は東京でやっているのと全然変わってない。ホワイトマウンテニアリングはヨーロッパでは展示会なども行っていなかったし、僕もピッティを見に行ったことがなかった。そういう距離感の中で声を掛けてもらえたというのは、単純に自分たちのやっているものが、ピッティの環境の中で何か新しいものをもたらすことを期待されているのだと思った。だから、挑戦というよりは延長というほうが近いのかもしれない。

――ランウエイショーを行うにあたり、気負いは?

イタリアだから、ヨーロッパだから、という気負いはほとんどなかった。ただ、招待していただいたという素晴らしい環境の中で、ベストな状態に持っていく過程においてスケジュールや経費の問題など、現実的なところでぶち当たることがあるにはあった。

もともと、ショーを目的にブランドを作っているわけでもなくて、自分たちが作る洋服を見せる方法の視点の変え方の一つとしてショー形式を東京で選んでいただけ。今回ピッティに呼ばれたのも、その姿勢を面白いと感じてもらったからだと思っているので、ブランドのアイデンティティー自体は変える必要がないと思っていた。もちろん、大きな舞台に呼ばれたからにはしっかりやろうという意識はあった。

――海外で受けたのはどんな部分?

それはなかなか分からない。でも、ピッティがまず始めに声を掛けてくれたということの意味は分かった気がした。現ピッティのクラシコじゃない部分では、実用性とファッションを求められることが非常に大きいと思うし、客観的に見ていても、アウトドアをベースにしたファッションというのが多くなっていると思う。それを僕らみたいなインディーズのブランドで、考え方を変えながらやっているということに興味を持ってもらえたのだと思う。

――海外はもともと視野に入っていた?

漠然と。着てもらえる人がいるところには行きたいというのがあった。正直なところ、ニューヨークの展示会にしても今回のパリミラノにしても、僕らがどうしてもやりたくて始まったことではない。誰かがバックアップしてくれるという状況下で、展開を広げてこられただけ。そういった環境があるのだったらやりたいが、ビジネス的に見て環境が整っていない状況で何が何でもヨーロッパでやりたいとか、アメリカでやりたいという意識は全くない。

――今回のピッティ参加の満足度は?

良い部分と悪い部分の両方が見えたという感じです。ミラノに大きいファッションウィークがあって、それに対するピッティの存在について協会側もずっと考えているはずだが、それに関係のない我々のブランドがイベントをやるという意味を僕は強く意識していた。ショーが終わってからピッティの会長が、「すごく面白かった、君を呼んで良かった」と言ってくれてとても嬉しかったし、それが一番の目的でもあった。この言葉を聞けたのがすべて。

――ブランド開始から約6年、クリエーションに関する意識の変化は?

とりあえず、ランウエイショーはやらない、と今は思っている。もともと東京でショーをやるのは2012年春夏で終わりにしようと思っていた。本当は秋冬もランウエイをやらないで別の見せ方をしたいと思っていたが、ピッティがきっかけで今回のイベントが実現した。とりあえず今はヨーロッパで展示会ベースにビジネスをしたいという思いが強い。「見せる」ということよりも、自分達のブランドの存在感を出したい。

――この先、「ホワイトマウンテニアリング」が目指すものは?

その時々で視点を変えていくというか、ギアをチェンジしていくみたいな感覚でやってきているつもりなのだが、今は洋服一着一着のクオリティーを上げて、言葉に関係ないところで、袖を通してから始まる洋服のコミュニケーションみたいなものをもっとしっかりやりたいと思っている。
倉持佑次
  • ホワイトマウンテニアリングデザイナー相澤陽介氏
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