アートが満ち溢れた、瀬戸内国際芸術祭に行って思ったこと【EDITOR'S BLOG】

2019.11.15
インターン生のゲンです。2回目のブログでは、先日した瀬戸内とそこで訪れた「瀬戸内国際芸術祭」のことを綴りたいと思います。(前回、中国のファッションニューウェーブ、注目すべき若手デザイナーズブランドを紹介はこちら)


数年前、上海美術館草間彌生の展示を見に行った時、“宇宙の果て”というストーリーを題材にした南瓜の作品が目に止まった。それは後に、直島の『南瓜』だったことが分かった。それ以来、瀬戸内は人生の中で一度に行きたい場所となった。


ちょうど三年に一度の瀬戸内国際芸術祭が開催された今年の秋、喧騒な都会から逃れ、瀬戸内へ訪れた。

直島

高松から1時間ほどフェリーに乗って、待ちに待った直島へ。まさか、フェリー自体もアートの一部、船上にもアート作品が展示されている。



まだ旅は始まったばかり。フェリーの中に居るのに、まるで海の一部になったのように、海風を浴びながら、波にのまれる。


いよいよ宮浦港に着いて、最初に目に入ったのは草間彌生の作品『赤かぼちゃ』。「太陽の赤い光を宇宙の果てまで探してきて、それは直島の海の中で赤カボチャに変身してしまった」。草間彌生自身はそう語ったという。かぼちゃの中に入ったら、水玉から空や海が見える。もしかしたら、宇宙から見える直島の空と海も、こういう景色かもしれない。


そこから歩いて5分ぐらいの距離にある、藤壮介の「直島パヴィリオン」。誰しもが気軽に立ち寄れるパヴィリオンを意図した作品は、直島海岸の浮遊感あるダイヤモンドにも見える。


そして、バスで本村へ。バスは『赤かぼちゃ』のイラストで飾られ、アートの一部となっている。


しかも、道の三角コーンまでも草間彌生の水玉に。


遠くの海から見ると、まるで海岸に漂っている泡のような直島港ターミナル、実は駐輪場でありながら、待合場にもなっている。こんな幻のような待合場で、長い時間に会えなっかった家族を待つ時の気持ちはどんなだろう。
 

ずっと考えているのは、なんでこの直島の南瓜は「宇宙の果ての南瓜」と言われているのだろう? その果てには一体何があるのだろう? 私が考えた答えは、海と空かも。何故かというと、海と空は末がないから。この南瓜は道の末にある、後ろはボーダーのない海だから、まるで世界の果てにあるみたい。


「南瓜」の近くにも、たくさんアート作品が散りばめられている。


実は、直島で最も私の心を打たれたのは「地中美術館」というところだ。


美術館の入り口は長くて暗い、でも先に光がある道。このまるで異世界の入り口の先では、何か起こるだろう? どんな作品との出会いがあるだろう?


最初に入ったのは安藤忠雄が創造した迷宮のような建築。まるで世の中に存在しないような空間、見上げると、空にもボーダーがあった。

なかでも一番印象的なのは、ジェームズ・タレルの作品。スクリーンのような入り口を抜け、中は真っ白い部屋。いくら歩いても末が見えない、近くにあったスクリーンのような入り口も遠くに見える。まるで異世界の中に迷い込み、時間が止まったかのように、私は誰なの? 今はどこにいるの? と、自分と会話し始める。

再びその長い暗い入り口を抜け、庭を通った時、池中の睡蓮を見て、先ほど見た景色、感じたものは本当に存在していたのか? それどもただの夢だったのかも、と思う。

バスに乗って、「ベネッセハウス ミュージアム」で少しぼんやりしていたら、空も暗くなった。


宮浦港に戻った時、空はもう真っ黒。再び「直島パヴィリオン」と会うと、まるで夜空の星のように輝かしく見えた。



「赤かぼちゃ」も点灯して、まるで魔女が住む城のように、畏敬の念を抱きはじめた。




豊島

豊島に上陸し、まずは豊島美術館へ。


一滴の水が地上に最初に落ちた瞬間のような形をイメージした豊島美術館、まさにその建物自体が作品だ。小さな穴の中から水が湧き出し、風に乗って自由に流動し、小さな水滴が集まって水たまりになり、地ベタに吸収される様は、まるで人の生命みたい。美術館で風を感じながら、水滴の変化を観察していると、自分もこの自然の一部になったよう。


豊島美術館の隣はカフェを併設する記念品商店もある。そこでコーヒーを飲みながら気分を整え、クリスチャン・ボルタンスキーの「心臓音のアーカイブ」へ。


「心臓音のアーカイブ」では、自分の心臓音を記録することもできる。そういえば、こんなにはっきり自分の心臓音を聞くのは初めてだ。海を見ながら、いつか年を取り、この世の中に居なくなってしまっても、この時ここで確かに動いていた自分の心臓音が、アート作品の一部として、永遠にこの静かな小さな島に残れると思ったら、とても感動。



小豆島

オリーブ島とも言われている小豆島は、日本で初めてオリーブ樹が栽培されたところらしい。高松から小豆島までのフェリーもオリーブのイラストが描かれている!


同じフェリーに乗って、同じ海を見ている人たちは今何を考えているだろう? 彼らはどんな悩みを抱えているだろう?


初めてフェリーの中でうどんをべた。ちょうどいい甘さ、スープまでも全部飲みきれた。波を感じながら海を見て、幸せな朝は一杯のうどんからスタート。


同じ「OLIVE LINE」の乗客たちは、今の私と同じ幸せ感が溢れているでしょうか? 秋の海は、まるで世界を癒す力を持っているかのようにやさしい。


そんな小豆島には「妖怪美術館」というところがあって、古代から現代までの妖怪が展示されている。あなたは世の中に本物の妖怪が存在することを信じますか? 私は信じます。ただ見える人にだけ見えているとも。

その中で、私が最も気に入ったのは「クリームソーダ妖怪」だ。もしかしたら私の前世も「クリームソーダ妖怪」かも(じゃなければ、なぜ私はそんなにクリームソーダにハマっているんだろう? 笑)。


お昼は「ひよこ食堂」のオムライス。メニューのすべては、現地のお爺さんとお婆さんの手作り。つい実家の味を思い出すほどの懐かしさ。現地人の中にもかなり人気があるこのお店は、50年の老舗らしい。



バスに乗ってオリーブ公園へ。映画『魔女宅配便』のロケ地として有名なこの場所、まるでヨーロッパにいるみたい。


オリーブ公園では、初めてオリーブ味のアイスを試した。オリーブの味って一体どんな味だろうって思ってたけれど、こういう少し苦味が入ってる甘みか。


オリーブ公園の隣にある小さな港で船を乗り、「二十四の瞳映画村」へ。ここで最も印象的だったのは、海が見える教室。もしこんな教室で勉強できるなら、私ももっと学校に行きたくなるだろうな。ただ席に座って、1日海を見るだけでも十分幸せだろう。



最後にオススメしたいのは、高松港にある「ノースショア(NORTHSHORE)」というカフェ。午前のブランチや、旅行終わりの一服として、海に癒されたい時はぜひ。フルーツがたっぷりなパンケーキを楽しみながら、海にぼんやりする。青い海が夜空に少し少し飲み込まれ、やがて真っ黒になってしまった頃、気まぐれな心も少し落ち着いてきた。



瀬戸内の海は、人生の中に見た海のなかでも心を打たれた唯一の海。常にスピード感が求められている都市に長く生活していたことが理由かもしれない。久々に何もしなくても、只々ぼんやりするだけでいい場所に訪れたら、改めて自分と会話ができ、新たな自分と出会うことができた。


瀬戸内は人生の中でまだ行きたい場所。今度は芸術祭ではなく、もっと人が少ない時期に、映画村の教室の中一番海に近い席で、日出日没と潮の満ち引きを見ながら、時間を無駄使いしたい。


インターン生活も終わりに近づくことを思うと少し寂しく感じるが、「心臓音のアーカイブ」で自分の心臓音を記録するように、インターンを終えても、私が書いた文字がずっとインターネット上に残るということを思ったら、とてもとても嬉しい。

いつかまた「心臓音のアーカイブ」に行った時、そこ動いているのは、今この瞬間にしか流れない私の心のリズムだと思う。
YAN KE XIN
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