
テニス選手のルネ・ラコステ(Rene Lacoste)は1904年7月2日生まれ。フランス・パリ出身。1996年10月12日逝去。
1921年にパリで開催されたジュニアトーナメントで優勝。23年のデビスカップでフランス代表チームに選出される。この時、チームの主将だったピエール・ジルーは、ある試合でラコステが勝利できたらワニ皮のスーツケースをプレゼントすると約束する。このエピソードは新聞などで取り上げられ、ラコステの名を広めるきっかけになった。彼は粘り強いプレースタイルで定評があったが、その相手に食らいついて放さない様子もあって、いつしか“Alligator(ワニ)”のニックネームで呼ばれるようになる。
その後、友人のロベール・ジョルジュがデザインしたワニのマークは、ラコステのトレードマークとして愛用のテニスブレザーに刺繍されるようになった。
25年に全仏選手権(現在の全仏オープン)で優勝すると、同じ年のウィンブルドン選手権でも優勝。その後も全仏オープンのシングルスで3度の優勝、ウィンブルドンで2度の優勝、全米オープンで2度の優勝という快挙を収める。しかし、29年の全仏で優勝した後に、突然の引退を宣言。原因は結核と言われており、25歳の若さでテニス界を去ることになった。
引退後にラコステはテニスウエアのデザインに着手する。軽くて通気性に優れたピケ素材の半袖シャツは、当時のテニス選手から絶大な支持を集めた。33年にブランド「ラコステ」を設立すると、同社のデザインしたポロシャツはジャック・クレーマーなどのスタープレーヤーに愛用されるようになる。その胸にはラコステのトレードマークだった、ワニのマークが刺繍されていた。
その後、ラコステは63年にスチールのテニスラケットを開発。同年に初のテニスシューズ「Le Soulier LACOSTE」をリリースするなど、徐々にラインアップを拡充していく。71年の全仏オープンでは、同大会初の公式スポンサーを担当。以降も様々な大会で公式アウトフィッターを務めながら、数多くのテニスプレイヤーを育てていった。自身も76年には国際テニス殿堂のメンバーに、77年にはフランステニス連盟の名誉会長に選出されている。







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