8月21日はジョー・ストラマーの誕生日です

2014.08.21

ミュージシャンのジョー・ストラマー(Joe Strummer)は1952年8月21日生まれ。トルコ・アンカラ出身。本名はジョン・グレアム・メラー(John Graham Mellor)。2002年12月22日逝去。

外交官の父を持ち、幼い頃からエジプトやメキシコ、ドイツ、イランなどを転々としていた。10歳の時にシティ・オブ・ロンドン・フリーメンズ・スクールの寄宿生となると、以降はほぼ両親とは無縁の学生生活を過ごす。また、在学中に同じ学校に通っていた兄のデヴィッドが自殺するなど、複雑な家庭環境で育った。

74年にルームメイト達とロックバンド「ザ・ワンオーワナーズ(The 101'ers)」を結成。パブでカバー曲を中心に演奏していたが、その後彼に転機が訪れる。ライブで共演したセックスピストルズのパフォーマンスに衝撃を受けると、ジョーはバンドを離れることを決断。以前から彼に声をかけていたメンバーたちと、新たなバンド「ザ・クラッシュ(The Clash)」を結成する。

77年にファーストアルバム『白い暴動』をリリース。いきなり全英12位とスマッシュヒットを飛ばすと、セカンドアルバム『動乱(獣を野に放て)』、サードアルバム『ロンドンコーリング』もイギリス中で圧倒的な支持を集めた。なお、この頃から、クラッシュの曲はパンクにとどまらず、ジャンルを問わないさまざまな音楽のエッセンスを取り入れるようになる。その中でも、バンド結成当初から歌詞にこめられていた反体制な志向は変わることなく、次々と過激な内容の曲を発表し続けた。

その後、クラッシュはセックスピストルズと並ぶ、パンクバンドの最高峰にまで上り詰めていく。しかし、メンバー交代の影響などもあり、85年のアルバム『カット・ザ・クラップ』の発表後にバンドは解散。ジョーも89年にソロ・アルバム『アースクウェイク・ウェザー』を発表後、ミュージシャンとしての活動を休止する。

バンドの解散後、ジョーは映画『ウォーカー』や『ストレート・トゥ・ヘル』などで俳優として活動する傍ら、映画音楽の作成を手掛けていた。しかし、99年には新バンド「メスカレロス(The Mescaleros)」を結成。実に10年ぶりとなる音楽会へのカムバックを果たすと、同年にファーストアルバム『X-レイ・スタイル』を発表。その後も、ライブ活動などを積極的に行っていたが、02年12月22日に心臓疾患のため死亡。当時わずか50歳という若さだった。

ジョーの死後、彼の遺族や友人は慈善団体「ストラマーヴィル(strummerville)」を設立。若いミュージシャンを支援するとともに、賛同するクリエーター達がジョーの肖像などをモチーフとしたプロダクト「ストラマーヴィル・セレクション」を発表している。
HEW
  • (左から)ミック・ジョーンズ、ジョー・ストラマー
  • ジョー・ストラマーが結成していたバンド「ザ・クラッシュ」(左から)ポール・シムノン 、ミック・ジョーンズ、ピート・ハワード 、ジョー・ストラマー
  • 「ザ・クラッシュ」のメンバー(左から)ミック・ジョーンズ、ジョー・ストラマー、ポール・シムノン
ページトップへ