黄八丈「八丈島の自然と歴史が刻まれた染織」山下芙美子さん&誉さんに会いに。前編【ENcounter vol.1】

2015.10.03

黄八丈は、八丈島の自然、そして歴史が深く刻まれた染織である。その唯一無二の美しさ故、黄八丈は長らく内地への貢物として品質を厳しく管理されていた。貢物の歴史は室町時代にまで遡り、江戸時代には幕府から八丈島に役人が遣わされていた程だ。

東京湾から南に287キロ。飛行機でわずか50分のところに位置する八丈島。太古の昔、二つの海底火山が噴火により一つになったというひょうたん型のこの島に、黄八丈は息づく。古くから「染織は中之郷」と評されていたその土地に、黄八丈の工房「黄八丈めゆ工房」はある。長い歴史と伝統の技を持つ黄八丈に革新的な意匠と、卓越した技術で織りなされた黄八丈を作る山下芙美子さん、誉さんご夫婦を「黄八丈めゆ工房」に訪ねた。

ー黄八丈は、八丈島にある素材を使って染められているそうですね。

はい、黄八丈には「カリヤス」という草で染め上げた鮮やかな山吹色の黄染。島に自生する「マダミ」の樹皮で染め上げる山桃が熟した時のような色合いの樺染。椎の樹皮を2~3年枯らしたものを煎じて染め上げる黒染めの三色しかありません。どの染めにも、八丈島で採れる素材を使っています。

ー僅か三色から織られているとは思えない程、豊かな色彩と柄に感心しました。

柳悦孝先生が「黄八丈はわずか三色である。三色しかないことでこなせる。それが、素晴らしい」とかつてお話下さいました。実際、染めの過程で出てくる中間色も使いますが、色としては三つの系統です。三色の濃淡でも、表現は無限にあると感じています。藍染めも絣(かすり)もない染織は、日に数ある染織の中でも黄八丈だけなのですが、私は黄八丈にその藍染めと絣がなかったことが一番良かったと思っています。黄八丈には直線しかないし、色も三色しかない。すごく制約があるんです。伝統工芸会などに行くと、「三色しかないし、大変でしょ。絣もないし」よく言われますが、私は「ないのが幸せです」って、いつも答えています(笑)。

ー「ないことがいい」というのは、与えられた自然の中に生きる八丈島の暮らしにも通じるところがありそうですね。

そうですね。八丈には“ない”んです。入ってこないんですもの。それしかない。必ずあるものがないという点は、八丈島の環境と黄八丈に通じるところだと思います。与えられたものを活かして、なるようになる。「足るを知る」ということです。

ー先程、機で黄八丈を織られているところを拝見させて頂いて、思いのほか力強い機織りの音に驚きました。芙美子さんが黄八丈を織られている時は、どんなことを考えられているのでしょうか。

織っているときは、考えないのが一番。無心でないといけないんです。よく機織りをする人が、これはどういう人が着てくださるんだろうって思いを込めて織るっておっしゃるけど、私は工房で機織りする子たちにも、「とにかく無心で織って」と伝えています。つまり、思いを込めるのは、お求めになったお客さまなんですよね。着物なんて、記念の時や、何かある時にしか作らないですよね。着物って、晴れの日のものですよね。だから「この着物はあの時に作ったものだ」という思いは、お客さまが込めるべきものであって、作り手が込めるものではないと思っているんです。だから無心で織って頂戴と伝えています。

ー先程、見せて頂いた芙美子さんの作品では、黄八丈の基本色と中間色を組み合わせたグラデーションの色柄がありました。微妙にトーンの異なる色でグラデーションを織るにあたって、染色の実験などもされるんでしょうか。

いや、全然しないですね。誉さんが庭先で糸を染めているところを見て、使いたい色があったらそこから抜いてしまいます。「もういいよ、これで使うね」と声をかけて。

ーそれは、染めを担当されている誉さんと、織りを担当されている芙美子さんが「めゆ工房」で一緒に染織をされているからこそですね。

本当にそうですね。自分たちで染めて、自分たちで織って、問屋に渡すところまで出来るので。そういった生産の現場って、あんまりないんですよね。だから、それは幸せなことであると同時に、すごく責任もありますよね。

ーこの素晴らしい技は、どのように先代たちから受け継がれたのでしょうか。

染めの場合は口伝ですね。口伝えです。織りは、組織図があればなんでも織れてしまうので、悦孝先生のご自宅で見たソファカバーを「柳おじちゃん、これ織りたい」とお願いして、組織図を書いてもらったこともあります。だけど、めんどくさいから次は織らなかったですね(笑)。なんだかやりたがりで、なんでも一回は織ってみたいんです。

ー山吹色が美しい黄染は、ここ数年思うような色が出なかったので、染めていなかったと伺いました。いい色が出なかった理由というのはあるのでしょうか。

草の出来が悪いということですね。

ー本当に、自然と共に作られる染織なんですね。

そうですね。だから、草の出来が悪かったここ数年は、染めるのをやめようって言って黄色は染めなかったです。台風なんかの影響もありますね。台風が来ると、八丈では海から塩が降るんです。そのくらい激しい。だから、草も塩害で葉が茶色くなってしまうんです。江戸時代は塩害で食べるものが全部なくなってしまって、島にサツマイモが入ってくるまでは餓死することもあったといいます。そのくらい塩の被害は大きかったんです。いまだに飛行機が欠航して、船も欠航するとスーパーは物がカラカラになりますよ。

後編に続く。
Shigematsu Yuka
  • 黄八丈めゆ工房
  • 色鮮やかな糸を工房で織りあげていく
  • 八丈島で黄八丈の工房を営む山下誉さん、芙美子さんご夫妻
  • 黄八丈に使う黒染、樺染、黄染の糸
  • 工房の庭先で天日干しされる絹
  • 黄八丈で使う3色を煮出す木桶には、それぞれの色がしみ込んでいる
  • 工房の中には柔らかい香りが漂っている
  • フシツケと呼ばれる工程
  • 黄染の材料となるカリヤスの葉。この葉をコトコト煮出して絹を染めていく
  • 染めの工程で使う工房
  • 竹下夢二にも描かれた黄八丈
  • 古くから島にある地図にも「染織は中之郷がよい」という記載がある
  • 黄八丈めゆ工房
  • 八丈島へは、羽田空港から約50分で到着する
  • ひょうたんのような形をした八丈島は、2つの海底火山が爆発して一つの島になったという
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