9月25日はグレン・グールド(ピアニスト)の誕生日です

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グレン・グールド
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  • グレン・グールド。常に手袋を身につけている
ピアニストのグレン・グールド(Glenn Gould)は1932年9月25日生まれ。カナダ・トロント出身。82年10月4日逝去。

3歳の頃から、ノルウェーの作曲家グリークの親戚である母親にピアノを習う。幼少の頃からピアニストとなることを胸に秘めていたようで、おはじき遊びに誘われても断っていたという。7歳でトロント王立音楽院に合格。ここではオルガンとピアノを学び、45年にオルガン奏者としてデビュー。ピアノを師事したアルベルト・ゲレーロは指を伸ばして弾くという独特な奏法を伝授していた。

46年にはトロント交響楽団と共演し、ピアニストとしてベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番で正式にデビューを果たす。同年、トロント王立音楽院を最年少で最優秀の成績で卒業する。

55年にワシントンで初演奏を行い、ワシントン・ポスト誌に「いかなる時代にも彼のようなピアニストを知らない」と評され、デビュー盤として発表したバッハの「ゴルトベルク変奏曲」はベストセラーとなった。この盤は81年再録音盤と共に現在でも同曲の決定盤と位置付けられ、その後発売される音源は常にグールド盤と比較されている。

その後はバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンなどの古典派以前、シェーンベルク、ベルク等の新ウィーン楽派を中心に、演奏会活動と録音に励んだ。また、クルシェネクなどカナダの現代作曲家の作品も好んで取り上げた。ショパンやリストなどいわゆるピアノ史上有名な大作曲家はあまり弾かなかった。ロマン派ピアノ音楽の最高傑作はビゼーの半音階的変奏曲と評している。どの作品もグールド独特の解釈で演奏されている。これは彼が演奏家ではなく、作曲家目線で曲をアナリーゼしていたからだと言われる。

64年、シカゴでのリサイタルを最後にコンサート活動を引退。以後、レコード録音やラジオ、テレビなどの放送媒体のみの演奏活動や、文筆活動を行った。作曲も行い、ピアノソナタやワーグナーのマイスタージンガー前奏曲のピアノ編曲が出版されている。

81年ゴルトベルク変奏曲を再録音。こちらは55年に比べてアリアがとても遅い。82年10月、脳卒中により50歳で死去。お互い嫌っていたと言われる大ピアニスト、ウラディーミル・ホロヴィッツから惜別の花が届けられた。スクリャービンのソナタ5番やプロコフィエフのソナタ7番を録音したのはホロヴィッツを敵視したためと目される。

若い頃は容姿端麗で、ブラームスのピアノ協奏曲1番で協演した大指揮者のレナード・バーンスタインをして「グールドほど美しいものはない」と言わしめた。ちなみにこの曲を巡っては両者の解釈が一致せず、演奏前にバーンスタインが説明口上を述べたという逸話がある。また、真夏でも手袋とマフラーを身に付け、異様に低いイスには虎革を敷き、鼻歌交じりに演奏するなど、奇矯な言動が伝聞されている。とても神経質で、ある録音の際には、隙間風を感じて演奏をやめるほどだった。残した録音の多くはCBSソニーから販売されている。
《編集部》
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