高橋悠介がイッセイミヤケメンデザイナーに就任するまで1/4―スタートに立ったばかり

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イッセイミヤケメンデザイナーの高橋悠介氏
  • イッセイミヤケメンデザイナーの高橋悠介氏
  • イッセイミヤケメン14SSショーフィナーレ後挨拶に出た高橋悠介氏
2014春夏パリメンズコレクションの話題の一つは、イッセイミヤケメン(ISSEY MIYAKE MEN)のデザイナーに、若干27歳の高橋悠介が起用されたことだった。日本の伝統的な染めの技術を若い感性でデザインしたデビューショーは、大御所ジャーナリスト、スージー・メンケスからも評価され、まずは順調なスタートをきったといえる。

高橋は、2013春夏から、三宅一生氏率いる「リアリティ・ラボ」チームの一員として、メンズの企画チームに加わっている。続く秋冬との2シーズン、テキスタイルエンジニアの菊池学と、イッセイミヤケメンのショー最後に挨拶に出ていた。そのため、デザイナーに就任するのは、自然の成り行きに見えた。とはいっても、文化ファッション大学院大学(以下、BFGU)を卒業後、三宅デザイン事務所に就職して3年目。リアリティ・ラボで鍛えられたとしても、まだ27歳の青年だ。普通はやっと働くことが分かり始め、まだ仕事の厳しさを知らずに慢心する時期。ベテランスタッフが脇を固めているにしても、少々早すぎるのではないか。本人は、年齢について言及されることに困惑しているかもしれないが、誰しもが抱く懸念だ。高橋には、思い切った抜擢に応えるような背景があったに違いない。彼のデザインやファッションとの関係はどのようなものだったのか。インタビューを通して迫ってみた。

■装苑賞に輝く

実は、筆者はBFGU時代の高橋と面識があった。経済産業省支援のもと、テキスタイルに着目した一連のイベント(中小企業基盤整備機構 主催)の中に、学生の産地見学という企画があった。総合ディレクターを務めていたため、引率に加わったのだが、選考に通った学生の中に高橋がいた。バスの中でポートフォリオを開き、感想を求められたことが強く印象に残っている。見学をする姿からも、やる気というか、デザイナーに必要な良い意味での“野心”が感じられた。

ポートフォリオは装苑賞に応募する作品で、その後、見事に装苑賞(2009年)を勝ち獲るのだが、当時東京・六本木の国立新美術館で開催された「スキン+ボーンズ-1980年代以降の建築とファッション」展からインスパイアされたものだった。特に、ドレスがフレッシュなエレガンスを漂わせていたことに好感を持った。つまり、最近の若者には珍しく、優美さと品性を備えていたのだった。作品のテーマを決めることは、かなり難しい。そこからクリエーションが始まっているからだ。さらに、テーマに基づいてリサーチし、掘り下げ、形にしていくことは容易なことではない。発想から作品制作まで、忍耐のいる地道な作業だが、高橋はそれをやり遂げていた。

2/4に続く
《清水早苗》
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