【SMALL TALK by 大沢伸一】post#3 SOFA DISCO

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大沢伸一×上村真俊によるパーティー「SOFA DISCO」
  • 大沢伸一×上村真俊によるパーティー「SOFA DISCO」
  • Manhattan singles bar 1967
  • Scottsdale New Year's Eve 2008
  • 海外のナイトクラビングの様子
  • 海外のナイトクラビングの様子
  • 海外のナイトクラビングの様子
今日は音楽のお話。

DJを自分の音楽表現のひとつに正式に加えた(気持ち的に)のは実は2001年辺り。音楽を生業にして20年と考えれば実は半分と少しなのです。しかしながらこの10年ほどは本当にダンスミュージックに傾倒し、特に自分の作品はフロアライクなものがメインだったと思います。

2005年以降はいわゆる世界的「エレクトロ」ブームの到来と共に、音楽とファッションがとても近づいた素敵なひとつの時代であったと思います。大いに盛り上がりましたし、僕自身も世界の色々な国、場所でDJする機会にも恵まれました。信じられないくらいの人数をDJで先導する感動も味わえました。
ロックの解釈をダンスフロアに持ち込んだのもエレクトロブームの功績でしょうし、クールなファッションのクラウドがフロアに増えたのも世界の大きな事象でした。果ては屋内RAVEとも言えるような現象にまで拡大しました。

しかし、人の心や流行も移ろいやすいのが世の常。
現在の世界的なダンスミュージックのメインストリームは、ハードなだけのものや流石にちょっとミーハーと言わざるを得ないもの、僕にはいまひとつピンとこない下世話なものが増えてきたように思えます。
元々、ダンスミュージックカルチャーがカッティングエッジな部分で音楽シーン全体に影響を与えてきたことを考えると、アメリカ市場での成功と引き換えに失われたクールネスは意外に大きいと考えています。

僕自身もクラブプレイの主体はアンダーグラウンドなテクノに向かい、共有より孤高に向いたような心持ちですが、その裏で何とかよき時代のクールなナイトクラビングを再現出来ないかと思案してきました。その結果得た発想は「踊らなくてもいい」というものです。

一見、本末転倒に感じますが、そもそもダンスミュージックはダンサブルな音楽という意味で、踊るためだけに存在している訳ではありません。むしろ80年代の資料なんかを見ても、バンドのライブ演奏での盛り上がりはあっても予定調和なハンズアップやRAVE的ピークは屋内のナイトクラビングではあまりなかったように思えます。それよりも、ソーシャルに重きが置かれていた気がします。

そして外国では、ナイトクラビングと言ってもBARもその拠点の中心に存在したことも特筆すべき点でしょうか。何でもないBARなのに音楽が大音量で流れていて、カウンターに向かって何重にもランダムに人がいて踊るでもなく音楽をバックに大声で話してる。要するに場はあくまでも場で、大事なのは集まった人が文化を作っていくということだと思っています。

そのまんま昔や外国のBARを再現する訳では決してありませんが、僕にとっては1920年代パリのサロン文化も、60'Sから80'Sのナイトクラビングも、外国のBARも、永遠の憧れでやってみたいんですよね。

そんな僕なりのアプローチが「SOFA DISCO」です。
前にも書いた「踊らなくてもいい」「踊ることが目的の主体ではない」ダンスミュージックとの付き合い方です。もちろん座ってるばかりでもつまらないですが、昨今のダンスミュージックの現場の持つ、大騒ぎ、ハンズアップ、踊なきゃ、という強迫観念とは別のところに趣旨があります。ソファとディスコというある意味相反するモチーフから大きく想像を膨らませて、思いっきりオシャレして遊びに来て頂ければ、と思います。
《大沢伸一》
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