4月24日はジャンポール・ゴルチエの誕生日です

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ジャンポール・ゴルチエ(写真右)
  • ジャンポール・ゴルチエ(写真右)
ファッションデザイナー、ジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul GAULTIER)は1952年4月24日、会計士の両親の下、フランス郊外に生まれる。

ファッションの専門教育は受けず、祖母から洋裁を教わる。デザイン画をスタイリストらに送付し、ピエール・カルダンの目に留まりキャリアが始まった。1976年自身の名を冠したウィメンズブランドスタート。77年オンワード樫山のセレクトブティック「バスストップ」デザイナーに採用される。彼を見出したのは当時樫山フランスにいた故・中本佳男。81年同社とライセンス契約を結ぶ。初期のブランドタグには「KASHIYAMA」と織りが入っていた。84年にはメンズラインを立ち上げ。ファーストコレクションのテーマは「オムオブジェ(homme objet)。男性にスカートを履かせるというセンセーショナルなスタイルを発表した。その後20年以上にわたり、フランスのアパレル業界紙『Journal du Textile』が掲載するパリコレクションバイヤー&ジャーナリスト評のトップに君臨し続ける。04-05AWから11SSまではエルメスのウィメンズアーティスティックディレクターを務めた。

テイストはクラシックかつアバンギャルド、クチュールかつストリート、パリシックかつアジアンエスニック、フェミニンかつマスキュリン。時間も国も性も人種も超越した、あらゆるテイストを融合させたデザインを発表し、“enfant terrible(恐るべき子供)”“モード界の異端児”と評される。代表作はコーンブラやコルセットドレスなどの下着ルック、ラップパンツ、セーラーパンツ、チュールカットソーなど。ボーダーカットソー×キルト、スカート×タキシードが定番スタイル。ブランドアイコンは襟吊り。

映画衣装やアーティスト衣装と親和性が高く、映画では『フィフスエレメント』(リュック・ベッソン)や『コックと泥棒、その妻と愛人』(ピーター・グリーナウエイ)の他、ペドロ・アルモドバル作品に多く参加。『キカ』『バッドエデュケーション』に加え、『トークトゥハー』ではショッパーが病室シーンの棚に出現。近作『私が、生きる肌』の衣装も担当している。

アーティストではマドンナやマリリン・マンソンなどと親交が深い。両者のツアー衣装はもちろんのこと、03SSメンズコレクションではテーマを「ミッシェル・ポルナレフのように残酷に、マリリン・マンソンのようにロマンティックに」と題し、マンソンを彷彿とさせるルックが登場した。マドンナはアイコンバッグ「ル・プリヴェ」を初めて公に発表した人物。

現在はプレタポルテのファム、ムッシュー、ジュニア(子供服)、オートクチュールのゴルチエパリを展開。生産はニットやチュール、水着類はフュッチ(FUZZI)、布帛は昨年までアエッフェ(AEFFE)、現在は1981年から1994年まで製造を手掛けていたジボ(GIBO)に再び戻った。14SSからイッティエーレ社が生産するメンズディフュージョンラインを予定している。

写真提供:Getty Images
《編集部》
  • ジャンポール・ゴルチエ(写真右)

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