【PRESSブログ】マルチチュードの拡散とユートピア

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講演の様子。左から市田良彦神戸大学教授、アントニオ・ネグリ、 上野千鶴子立命館大学大学院特別招聘教授、毛利嘉孝東京藝術大学大学院准教授
  • 講演の様子。左から市田良彦神戸大学教授、アントニオ・ネグリ、 上野千鶴子立命館大学大学院特別招聘教授、毛利嘉孝東京藝術大学大学院准教授
  • 宮城県・気仙沼付近の被災地風景
  • 宮城県名取市の被災地風景
先週、政治哲学者のアントニオ・ネグリ(Antonio Negri)が来日していたので、彼の講演「マルチチュードと権力:3.11以降の世界」を聴きに行きました。

ネグリは、官僚化やシステム化が進んだ政府も市場も、現代では究極な意味で変化の主体になり得ず、「マルチチュードという特定の市民社会」がその担い手になると説いています。

彼の言う「市民社会」とは2011年から行われている「オキュパイ運動」や2010年の「アラブの春」などで見られる、中心的な指導者を欠いた主体です。様々なデモや運動が広がりをみせた3.11以降の日本も、マルチチュードの世界的な拡散の一端を担っていると彼は考えます。

ネグリの言うように、3.11以降の日本は変わったでしょうか。「時代」は国境を越えて伝播するのでしょうか。原発という個別のイシューにフォーカスしたデモの規模は安保闘争以来最大ですが、それは残念ながら選挙結果にはつながっていません。

レベッカ・ソルニット(Rebecca Solnit)は『災害ユートピア(A paradise Built in Hell)』という著書で米国、メキシコ、カナダなど各国の災害後の復興を例に挙げ、災害後は必ず何らかの非エリート的な市民社会による運動によって、復興が進んできている事実を紹介しています。しかし、それは直ぐに現れるものではなく、徐々に形成されていくものだそうです。災害という大きな問題に直面すると、人間は既存のシステムから離れてクリエーティブに新しいユートピアを作ろうと、そして社会的に行動しようとするインセンティブに駆られるようです。

震災ネタが新聞の紙面を大きくにぎわすことが少なくなってきた一方で、建築やアートの分野では3.11以降の問題意識は比較的強いように思います。表現やデザインの現場では正に震災後の「ユートピア」が表現されています。

その「ユートピア」の特徴は、60年代に盛んに行われていたように、純粋に「ユートピア」を表現することが目的ではなく、「ソーシャルなコミットメント」によって表現されている「ユートピア」です。それらは、コミットしているという意味で、60年代よりもずっと肉感的で成熟した表現です。クリエーティブな分野では確実に「時代」は国境を越えて伝播しています。

反ベトナムや公民権運動、独裁に対する運動などが世界的に盛り上がり、日本でも安保闘争や学生運動がちょうど盛んな60年代や70年代に思いを巡らし「ああ、あの時代に生まれていればもっとスリリングな学生時代を過ごせたのではないか……」と学生の頃は思い描いたものです。

でも今こそ、60年代や70年代よりもいろんな意味で成熟した、スリリングな時代なのではないでしょうか。そんな気がしてならないのです。
《Maya Junqueira Shiboh》
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