【INTERVIEW】「スカルを出したのは雑誌スマートの通販が最初」---- マスターマインド・ジャパン本間正章vol.2/4

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2013年春夏ウィメンズコレクションより、スカルを刺繍したスカジャンのルック
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――服飾学校などで学ばれていませんが、実際の洋服作りはどうやって修得したんですか?

見よう見まね。パターンは今でもわからない。最初に手掛けたのはカットソーとニットの仕様書だった。新人デザイナーさん達に、どういう風に仕様書を書いたらいいのかを教えてもらって。それだったらパターンはいらないから。寸法を感覚的に頭に入れながら、色々なブランドのTシャツを採寸して、自分なりのサイジングを追求した。探せば、最初の仕様書もどこかに残っていると思う。ただ、スカルの原画だけが見当たらない。グラフィックデザイナーに図案化をお願いしたところまでは記憶があるんだけど……(笑)。お金もなかったから、いらない紙に描いていただろうし、コピーした紙の裏とか。今となっては大切に保管しておけば良かったとちょっと後悔(笑)。

――地道に独学を積み重ねられたんですね。

そう。たくさんのパタンナーさんと知り合えたお陰で、僕はデザインに集中できた。デザイン画を見て「これはちょっと出来ない」と言われることもあった。すると僕は、デザイン画を破って折り紙みたいに組み替えて、「ここをこうして、この順番にすれば絶対縫えますよ!」と迫る(笑)。そういうやり取りを繰り返すと、「確かにそれだとできるかも」となる。プラモデルとか設計図を見ずに何かを想像して作るのが趣味だったので、そういうことは得意だから(笑)。答えが出ない時には、何故この絵を描いたか、どうしてこの絵を服にしたいのかという意味合いを伝え、みんなで一緒に悩み抜いた。お互いの方法論にはなかったところに解決方法があったり。僕も日々一緒に勉強させてもらいながら、ブランドは成長してきた。今でもまだまだ初心者です。

――設立当初から、デザインの変化はありましたか?

デザインのテイストは全然変わっていないと思う。もちろん袖が太いとか、時代感を反映したシルエットはあっても、デザインの根本は変わらない。ショートパンツも、海外では全く売れなかった時代から、ずっと展開した。冬でもショートパンツでパリに乗り込んでいたから(笑)。

――ブランドアイコンのスカルが初めて登場したのはいつ頃ですか?

最初にスカルを出したのは、まだ名が知られていないけど面白いというブランドを集めた、雑誌『スマート(smart)』の通販企画。「絶対に100枚は最低売れるから」という言葉に乗ってデザインしたTシャツが、多分最低記録を持っているんじゃないかというくらい売れなくて(笑)。ふたを開ければ、10枚売れたかどうか(笑)。その時に初めて、スカルのTシャツを作りました。本当に初期の頃の話。

―そのスカルを、アイコンとして本格的に使い始めたのは?

パリ進出後3シーズン目くらいから。スカルはずっと好きで使いたかったんだけど、最初のうちはまだ固まっていなかった。ヨウジヤマモト、アンダーカバー、ナンバーナインなど、トップブランドといわれるところが過去に打ち出してきたスカルよりも自分の中で一番格好いいと思えるスカルを作らなければ、使う意味も使う資格もないと思っていた。そこから、多分1,000枚近くは描いたと思う。僕はPCを持っていないので、完全に手描きのアナログで。面白いことに、たった線一本の違いで、怒ってる顔になったり、美男子になったり。パリに出て4シーズン目には、もう今のカタチの原型が完成していた。自画自賛になっちゃうけど、「すっごいハンサム、このスカル!」と(笑)。それくらい自分でも気持ちを込めて作ったトレードマークだから、1、2シーズンで使わなくなるのも残念だな、と思うようになり、アイコンにした。徹底した高級素材のみを使ったカジュアルな服というだけでも、当時のパリでは、新しい方向性だと評判になったけれど、更にスカルというアイコンが乗ったことで、より印象が強くなった。ただその当時は、スカルに対してはかなり賛否両論があったのも事実。ヨーロッパだけに、宗教上の問題も根強くて。パリでテレビの取材が来たことがあって、ブースの前まで来てスカルに驚いて、このブランドは絶対放送できないと言われたり。その1年後くらいにはH&Mがスカルを使って、一般的になったけど(笑)。

――スカルを刺繍した総シルクのスカジャンは、スカジャンの常識を覆した伝説的な逸品ですよね。

スカジャンは、横須賀にあるスカジャンを売っている老舗に飛び込んで、「オリジナルのスカジャンを作りたい」というところから始まった。最初はスカルではなく、虎、龍、鷹をモチーフにしたもの。マックスフィールドでの展開が決まって2シーズン目を迎え、今回は何をやろうかなと考えた時に「夏だからカシミアは使えないし、シルクでスカジャンかな」というシンプルな発想で。それをスカルモチーフでいこう、と。シルクに手振り刺繍という無謀なアイデアを、試行錯誤を重ねて形にしてもらった。高額な商品だし、生産は5枚くらい。でも、雑誌に掲載された後、反響がすごかった。僕の記憶では20万円くらいだったと思うのですが、「スカジャンに20万って何!?」と(笑)。

――最初の虎、龍、鷹をモチーフにしたスカジャンを発表したのはいつですか?

1998年で、3種類とも1回目の幻の東コレで発表した。

――幻の東コレとは?

ほとんど知られてないという意味で(笑)。その時は100人のハコに150人近くの人が来てくれて。入れなかった人のために、急遽入り口にモニターを立てて、映像でも流したほど。そこで2回目は、立ち見ではなくみんなに座って見てもらえるようにと250名くらいの開場にしたら、今度はガラガラ。土砂降りだったというのもあるかもしれないが、空席が目立って仕方なかったのを覚えている。実はこのショーに、俳優の斉藤工君がモデルとして出演してくれた。渋谷の街頭でモデルハントをしている時、たまたまパルコのトイレに行ったら彼とすれ違って。身長もあるしイケメンだなと思って、声を掛けたのがきっかけ。

――当時のコレクション雑誌には掲載されなかったんですか?

多分載っていないと思う。掲っていたら保存しているはず(笑)。初めて雑誌に掲載されたのは、知らない人がほとんどだと思うけど「モモ」というインディーズブランド特集雑誌だったと記憶している。98年頃の創刊号だった。
*vol.3へ続く
《三浦達矢》
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