【MARKETING】グレーター・チャイナを舞台にナイキが展開する“エンターテインメント・マーケティング”とは?

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ナイキ・グレーター・チャイナ・エンターテイメントマーケティング・ディレクター、森部友彰氏
  • ナイキ・グレーター・チャイナ・エンターテイメントマーケティング・ディレクター、森部友彰氏
急成長を続けるグレーター・チャイナ(大中華圏)。世界最大のスポーツ用品メーカーであるナイキにとっても、北米市場と並ぶ重要市場と位置付けられている。

2012年1月、その拠点である中国・上海に一人の日本人社員が派遣された。エンターテインメント・マーケティング・ディレクター、森部友彰氏。同地で働く約1,000人の社員中、唯一の日本人ディレクターである氏に、仕事の内容や中華圏の特異性について話を聞いた。

──最初に、エンターテイメント・マーケティング(以下EM)という仕事について教えてください。

ナイキはじめスポーツ用品メーカーは、ブランド戦略としてアスリートをサポートするのが一般的です。でも若者がファンション面で影響を受けているのは、多くの場合スポーツ選手ではなく、俳優やミュージシャンなどエンタテイメントの世界で活躍している人たち。EMは、芸能界で知名度のある人だけでなく、映画監督や作家、カメラマン、さらには現場で働くアシスタントなど、様々な職種、様々なレベルの人たちをサポートし、ナイキのブランド価値を高めることを目的としています。北米では30年以上も前からあるマーケティング手法ですが、日本ではあまり知られていません。

──そのサポート方法ですが、具体的にはどのようなアプローチを取るのですか?

アスリートとはスポンサー契約しますが、EMの場合、大前提としてサポート対象者とは契約しません。まずは水面下で個人的に良好な関係を築きます。簡単に言うと、お友達になる(笑)。関係値が上がったら、テレビ番組や舞台など彼らが世間に露出する場面で、ナイキの製品を身につけてもらいます。番組製作者なら、シューズが見えるカット割を増やしてもらうとか。結果としては、マス媒体にナイキの商品を登場させるプロダクト・プレイスメントの形になります。

──お金を出して商品をPRするのと、どこが違うのでしょう?

PRはこれから売ろうとする商品を告知する仕事ですが、EMの狙いはあくまでもブランディングです。極端な事を言えば、売っていない商品を扱うこともできるし、商品を直接扱わなくても構わない。消費者に「ナイキが、よく分からないけど面白そうなことをやっている」と思われたら大成功。その意味ではバズ(口コミ)マーケティングでもあるのです。

──日本では具体的にどのような活動を行っていたのですか?

例えば、某女性タレントと組んで彼女のランニンングスキルを上げると共に市場にランニングブームを巻き起こすプロジェクト。これはランニングに興味のなかった人たちに向けた内容で、我々はデジタルコンテンツのストーリーづくりから関わっています。ある俳優兼監督さんが映画初作品を制作した時には、スタッフにTシャツやTシャツ柄のクッキー、スイカを配りました。監督やスタッフは大喜び。現場では、ナイキの知り合いがいろんなものをプレゼントしてくれたと話題になる。そこから口コミが広がるんです。アスリートに対する援助がコインの表なら、我々がやっているのはコインの裏みたいなものですね。

──お金を払わずに有名人に商品を使ってもらうのは、なかなか難しいのでは?

人間的なつながり、深い部分での関係性、つまり友情のようなものがないと無理ですね。対象者は男女を問いませんし、年齢も若者からお年寄りまで幅が広い。誰の懐にもすっと入っていけるような人間力、コミュニケーション能力が求められます。EMはマーケティングとしての考え方としては新しいのですが、手法はけっこう泥臭いんですよ(笑)。そもそもなぜEMが重要かというと、従来からのペイドパブのようなやり方が、消費者にはわざとらしく見えるようになったから。EMなら、もっと自然な形でブランドを訴求できます。

──で、2012年からは中国や台湾などのグレーター・チャイナでEMを展開されてきたわけですね。

我々の活動拠点は上海・北京・香港・台湾になるのですが、この4ヵ所は決してひとくくりにはできません。言語が違うし国民性もバラバラ。人気のある芸能文化にも違いがあって、北京はロックミュージック、台湾はポップス、香港はアートやストリートカルチャーといった具合です。中でも力のあるインフルエンサー(影響のある人物)が多いのが台湾。これは私にとっても大きな発見でした。歌手兼俳優のワン・リーホンやジェイ・チョウのように、ジャンルを超えて活躍する人が多いのが特徴です。

──EMには日本で言う“義理人情”的な側面がありますね。グレーター・チャイナでそれは通じますか?

そこが大きな悩みなんです。台湾はまだ通じる方ですが、中国や香港は考え方がかなりドライでビジネスライク。事務所を通しても、すぐに「うちの役者におたくの靴を履かせてもいいけれど、いくら出す?」という話になるんです。最近はお金を出すことを厭わないコンペティターも現れて、ますます仕事がやりにくくなりました。2012年はとある作家を動かして中国で映画を1本作ることができましたが、まだ目立った成果は上がっていません。テレビ番組に関しては、まだ暗中模索状態です。

──スタッフ育成の面はどうでしょう。商習慣や考え方の違いは大きいですよね。

EMのスタッフは各拠点に数人ですので、決して多くはありません。課題は権利意識が希薄なこと。中国ではまだ肖像権の認識が甘く、問題が頻繁に起こります。ナイキが主催したイベントに有名人が来てくれたと言って、その写真を相手の許可なくホームページに載せようとする。対象インルエンサーに履いてくださいとシューズを渡すまではいいのですが、靴を渡したんだからブログで記事を書いてくれと、こっちからお願いしたり。社内スタッフも、EMの基本から教育しなければならないのです。私の役割はEMを機能させるためのチーム作り。1年経ちましたが、時間はまだまだかかると思います。

──それでも中国はじめグレーター・チャイナの市場は広大ですから、EMで切り込める余地も大きいのでは?

まずはスポーツ市場そのものを開拓しなければなりません。中国にはスポーツそのものがまだ普及していませんから。2011年、2012年と連続して、ナイキは上海で「Festival of Sports」という参加型のイベントを開催しました。さまざまなカテゴリーでスポーツの素晴らしさを体験してもらうという内容です。2012年のイベントは、4日間で20万人の参加者を集めました。こちらはグレーター・チャイナ部門が全力をあげて取り組んでいます。EMは未開の荒野を開拓するような仕事。私の任期は残り1年ですが、後続のスタッフが仕事をしやすい環境をしっかり作っていきたいと考えています。
《編集部》
  • ナイキ・グレーター・チャイナ・エンターテイメントマーケティング・ディレクター、森部友彰氏

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